三上で行こう
毎日、企業を回っていると企業にも個性というか特徴というか、実に様々なカラーがあるものだと思う。それは、その企業の玄関を入ってすぐに分かるもので、大別すれば明るいか暗いか、そのどちらかだ。別に、照明が明るいとか暗いということではなく、その企業の雰囲気とも言える。
明るいと感じる企業は、社員の方々に活気があり、多分業績も好調なのだろう。明るいことに加えて、爽やかさえ感じる企業もあり、次に行くのが楽しみになる。暗い企業は社員に活気がなく、まるで梅雨時の曇り空のようにジメジメしている。業績もよくない感じで、こちらの気分も沈んでしまう。
企業の雰囲気で業績の好不調が決まるわけでもないだろうが、雰囲気というものは、企業の経営に大きく影響することは間違いない。暗く湿った職場では、前向きになるはずはなく、当然アイデアなどが出るわけはない。経営者が「アイデアを出せ」「新事業や新商品を開発せよ」とハッパを掛けても、職場の雰囲気がジメジメしていては始まらない。
このようなとき、私はいつも「三上(さんじょう)」の話を思い出す。三上とは、企業を元気にする、とても大事なキーワードなのだ。
三上は、三つの上と言う意味で、説明すると、「馬上(ばじょう・馬の上)」、「枕上(ちんじょう・枕の上)」、「厠上(しじょう・かわや、トイレの上)」のことで、次の三つの上に居る状態を言う。
馬上とは馬に跨(またが)り、ゆらゆらとしている状態(現代ならドライブだろうか)で、枕上とは枕の上でウトウトしていること、そして厠(し)上とは、トイレの中で身も心も解放されている状態のことである。いずれも、心身ともにリラックスしている状態だ。
最も適した場所
この三上、私が考案したのではない。種明かしをすると、この三上がアイデアを生み出す最も適した環境であるとある本に書いてあったのだ。中国は宋の時代、今から約千年も昔に活躍した、欧陽脩(おうようしゅう)という政治家が「およそ三上とは、自分が文章を練るのに最も適した場所である」と書き残していたのである。
それを読んだとき、私はまさに目からウロコとはこのことかと思うくらい興奮したのを覚えている。アイデアが出る時は一体どのような状態なのか、いつも考えていたし、それは私の命題でもあったからだ。
意外と言えば意外な答えだが、私は文字通り、ふに落ちた。それまでアイデアがひらめいたところ(場面や場所)は決して開発会議の場ではなかった。コンサルタントだから、会議の席でひらめいたようなフリをすることもあったが、それはあらかじめ思い付いていたアイデアを、いかにもその時にひらめいたように振る舞うだけだ。大げさに「おっと、いまひらめきましたよ」などと言うが、それは既にひらめいていたことを言うだけのこと、言い方を変えれば「やらせ」みたいなものだった。
しかし、本当にそのアイデアひらめいたところは、仕事が終わって移動している時や、ウトウトしている時か、トイレで解放されている時であり、まさに三上だったのだ。
我が意を得たりとはこのようなことか。古代より、中国の賢人も気付いていたことで、三上こそが、ひらめき・アイデアの源泉であると説いていたのである。そして、三上と言ったのは、けだし名言と言うしかない。それまで、どのようにしたらひらめき・アイデアが生まれるのだろうと漠とした疑問を抱いていた私、一発でつきものが落ちたようにスッキリした。
それはそうだ、アイデアが出るとき、私はぼーっと車窓から風景を眺めているし、ウトウトしている時だし、何も考えていない時である。ここだけの話、正直に言うが、別の企業に行った時にひらめいたアイデアもあるくらいで、要するにアイデアとは、会議の席でしっかりと考えれば出るとか、気合いを入れれば出るようなことではないのだ。
そうと分かれば、ひらめきやアイデアが欲しかったら三上の環境を作ればよい。急がば回れの例えのように、アイデアが欲しければ、真っすぐに三上に行けと言うことだ。
三上とは、言い換えれば限りなく自由な環境であり、心が開放された状態だ。鼻歌交じりのドライブやウトウト、ブリッ(失礼!)、いずれも自分だけの自由な空間で起こることなのだ。
もうお分かりだろう、企業を取り巻く経営環境が目まぐるしく変化する中で、今、一番求められることは、義務付けられたような開発会議を開くことではない。企業が生き抜くための新事業・新商品を開発したいのなら、そのためのアイデアが欲しいなら、押し付けの会議などかえって不要と思えばよい。アイデアを次から次に創出するためには、難しい理屈などは不用なこと。とにかく会社の雰囲気を三上にすればいいのである。
気持ちをフリーに
さて、では具体的に三上の環境を作るにはどうするか。まさか会議室に馬やベッド、ましてトイレを持ち込むわけにはいくまい。そんなことをしたら、変態企業と言われてしまう。
冗談はさて置き、三上は心の中でするがよい。気持ちが三上になればよいのである。何事にもこだわらず、何事にも惑わされず、とにかく気持ちをフリーにして顧客の立場で事業や商品を考えることだ。
顧客の立場とは、買う側の立場ということだ。考えれば分かるが、自分が何かを買う場合、強迫観念にとらわれたり、緊張したりすることがあるだろうか。分かりやすく言えば、ウィンドーショッピングをする時に、ガチガチに緊張して震えることはあり得ない。
それと同じことなのだ。買う側はいつもリラックスしていて、鼻歌交じりであれこれ探す。気に入ったものがあれば買うし、そうでなければ何も言わずにただ立ち去るだけのことだ。要するに勝手気ままにしている、それは、リラックスしている状態なのである。
さあ皆さん、これからは三上で行こうではないか。皆さんの企業が三上になれば、きっと新事業や新商品が生まれるに違いない。しかし、そうならない場合には私を呼んでほしい。
私は、何を置いてもはせ参じることだろう。鉄人、サンジョウだ!!